虫との触れ合いを提供し続けて32年。虫住む里山を守るため、新たに始めた虫ビジネス『吉田吉徳さん』

吉田吉徳/株式会社 田村市常葉振興公社 施設長

常葉町

「オレ、ろくでもないよ?」事あるごとにそう口にする吉田吉徳さんは、田村市常葉町にある観光施設「スカイパレスときわ」「ムシムシランド」などを運営する(株)田村市常葉振興公社の施設長。設立当初から勤務して32年。紆余曲折を乗り越えて、今新しい段階に足を踏み入れた施設は吉田さんの集大成。元々大好きだった「昆虫」を前面に出し、「虫と言えば田村市」と言われるよう「昆虫の聖地」定着に向け新たな活動に取り組んでいる。

生まれも育ちも自然豊かな常葉町。昆虫を扱うなら「俺しかいない」でしょ!

田村市常葉町で生まれ育った吉田さん。家は常葉町の中心市街地にあったが、周辺には里山が広がり、豊かな自然が残っていた。学校の帰りにはよく寄り道をして、カブトムシの幼虫やトカゲ、蛇などを捕って帰っては怒られた。

高校を卒業後、しばらくは両親が営んでいた小売業を手伝っていたが、ある時おもしろい話が耳に入った。常葉町に初めての観光施設ができる。しかも吉田さんが大好きな昆虫(カブトムシ)を扱っている会社だと聞いて「もうこれは俺しかいない」そう思った。元々人口が減っていく故郷をどうにかしたいという想いもあり、町づくりや地域活性化にも興味があった。まさに天職!すぐに応募し、就職が決まった。

順調なすべり出しからの営業休止。東日本大震災が残した爪痕

就いた役職は施設長。といっても、施設は1つではない。殿上(でんじょう)山と呼ばれる標高約800mの山の中に位置する食事・宿泊施設「スカイパレスときわ」、子どもの遊び場(遊園地)「ムシムシランド」、カブトムシ等の昆虫と触れ合える「カブトムシドーム」「カブト屋敷」などの総合施設長だ。

オープンしてしばらくは経営も順調で、特にムシムシランドは市内だけではなく、市外、県外からの多くの家族連れで賑わった。従業員も多く、施設内には活気があふれていた。それが一変したのが「あの日」。

2011年3月11日。東日本大震災が起こり、その影響で福島第一原子力発電所の事故が発生。

原発から30km圏内には屋内退避指示が出された。吉田さんたちが働く施設は30km圏内には入っていなかったものの、数日後、地区全体が緊急時避難準備区域に指定されたため、全ての施設で無期限の休止が決まった。

「2か月くらいしたら再開かな」当初そう思っていた吉田さんは、この決定を聞き奈落の底に落とされた。それからしばらく、施設のある殿上山一帯には静かな時間が流れることに。先の見えない不安。何をやったらいいのか、何をやったらダメなのか、何もわからない、そんな状態だった。そんな中、希望を託したのはやっぱりカブトムシだった。

「カブトムシだけは続けたい」従業員とともに託した小さな希望

震災のあった年の9月、緊急時避難準備区域は解除された。震災後、従業員と話していたのは「『カブトムシ』だけは今後もなんとか続けたい」ということ。ここで働いている仲間の多くは、吉田さん同様虫が好きだった。

まずはカブト屋敷とカブトムシドームを復活させようと、動き出した。お客さんに不安を抱かせてはいけないと、自分たちで除染方法を学ぶところから始め、周辺一帯を除染した。15人のムシボランティアを募り、震災の2年後、ようやく一部施設を再オープン。

「誰も来ないんじゃないか…」そんな不安をよそに、メディアの効果もあってその年は7,500人が施設を訪れてくれた。また震災から再開まで時間があったため、田村市のゆるキャラで常葉町在住の「カブトン」を使った情報発信や、グリーンツーリズム、ご当地グルメプロジェクトといった、地域の活動にも積極的に参加するようになっていた。そうした効果も出始めたのか、翌年はさらに多い9,500人が施設に来てくれた。

その後も毎年8,500人程が施設を訪れてくれた。でも、なかなか1万人の壁は超えられなかった。

カブトムシドームの様子【ご提供:㈱田村市常葉振興公社】

不安が一蹴された特別企画展。やっぱりここは「虫」なんだ

どうしたら1万人の壁を超えられるのか。「もうカブトムシでは人は来てくれないのかとも思いましたね。都会の女性向けにリゾート地にしようかという話をしていたくらい、この時期は迷走していました」

そんな考えが一転したのが、2018年にカブト屋敷で行った特別企画展「世界三大奇蟲(きちゅう)展」。放送作家で「福島WAKU-WAKUプロジェクト」総合プロデューサーを務める鈴木おさむさんがアイディアを出し、監修までしてくれた。

日本では見たことも聞いたこともないような、奇妙で見た目のインパクトが強すぎる虫たちがカブト屋敷に並んだ。虫好きな吉田さんがワクワクしたことは言うまでもないが、面白かったのは、怖がるのではないかと思っていた若い女性や子どもが、キャーキャー言いながらも奇虫を手に乗せたり、覗き込んだりしている光景。大盛況で幕を閉じた企画展、この年、ついに来場者数1万人の大台を突破した。

「虫、まだまだ可能性あるじゃん」この世界三大奇蟲展を機に、やっぱりここは虫でいいんだ、やり方次第でまだまだやっていける、そう思った。

その後は、水を得た魚のように新しいことにどんどん取り組み始めた。特別企画展も毎年行い、ポップ制作などは専門学校の生徒や、時には地元の小学生にデザインの制作を依頼、イベントを開催し、虫好きYoutuberも招待した。

今度こそ、理想の場所になる!そう思っていた矢先、今度は新型コロナウィルスの影響が施設を襲った。激減すると思われた来場者だが、密を回避するための工夫や、県内にターゲットを絞っての広報活動が功を奏し、意外にも震災以降最多の入場者数を記録した。「新型コロナウィルスも大変だけど、震災の時と比べるとなんでもないね」と語る吉田さん。苦難を乗り越えてきた人は、肝がすわっている。

世界三大奇蟲展の様子【ご提供:㈱田村市常葉振興公社】

田村市を「昆虫の聖地」に。自分は昆虫ガイドに!

2022年、吉田さんが所属する(株)田村市常葉振興公社と田村市主催で、虫が生息できる豊かな自然環境の保全を考える「第1回 全国クワガタサミット」が常葉町で開催された。全国から各分野の虫のプロフェッショナルが集い、虫についての議論が交わされた。虫好きな登壇者たちと昆虫の生態調査ということで、市内を巡って昆虫採集も行った。

また、お世話になった虫好きYoutuberが田村市での昆虫採集の動画をアップしたところ、多くの好評コメントが寄せられた。そうしたことを通して吉田さんが思ったのは「やっぱり昆虫採集は楽しい」ということ、そして「昆虫を通じて、田村市の豊かな自然環境を世界に発信したい」ということだ。

「カブトムシにクワガタ、ゲンゴロウ、トンボにチョウチョ。田村市ではどこに行っても昆虫に出会えるんです。それは、地元の人たちが里山をしっかり管理しているから。田村市では、虫が住める環境が保たれています」殿上山周辺では、世界一美しいともいわれるとんぼ「チョウトンボ」や、準絶滅危惧種に指定されている蝶々「オオムラサキ」も確認されている。

「今の目標は、田村市が『昆虫の聖地 田村市』として認知されること」そのために今進めているのが、虫と共存、共生するための虫ビジネス。インセクトツーリズム、教育、アート、ミュージック、食など、虫とビジネスを結び、それでもって田村の豊かな自然を守っていく。それが施設長である吉田さんの想いだ。

「今の仕事を退職したら、インセクトツーリズム(昆虫ツアー)のガイドになりたいですね。『虫、触れない、怖い』と言っていた子どもが、しばらくすると虫を追いかけまわしていて、いつの間にか虫好きになっているのを見るのはとてもうれしい。同時に虫と関わって、習性を知るというのは非常に重要なことなんですよね。蜂やアブの習性を知ればその対処法がわかり、必要以上に怖がらなくてすむ』

虫とり中の吉田さん【ご提供:㈱田村市常葉振興公社】

虫が好きで好きでしょうがない人は、ぜひ田村市へ移住を!

最後に移住希望者へひとことメッセージをいただいた。

「都会で『虫が嫌い』と言っている人は、もしかしたら周りにいる虫がゴキブリやハエ、蚊なんかのマイナスなイメージの虫ばかりなんじゃないかな?田村市で『虫』と言えば、カブトムシやチョウチョ、蛍やとんぼをイメージします。だから、虫が嫌いと言っている人も、一度ぜひ田村市に足を運んでみてほしいですね。虫が多いということは、つまりしっかり管理された里山、きれいな自然が広がっているということです。

あと私たちの虫ビジネスもこれからどんどん発展させていく予定ですので、虫が好きで好きでしょうがない!!!という人は、ぜひ仲間になって、田村市を『昆虫の聖地』として一緒に盛り上げていきましょう!」

※吉田さんがスーパーバイザーを務める、虫を愛する人々をつなぐwebサイト「Kontuber」も公開中!昆虫から生まれる音で作った音楽「KonTuber Music」(コンチューバ―ミュージック)の試聴や、世界のカブトムシの飼育方法を徹底解説する「Mushipedia」(ムシペディア)など、ここでしか見られないマニアックなコンテンツが盛沢山。こちらもぜひご覧いただきたい。

スカイパレスときわについてのお問合せ

スカイパレスときわ

住所:福島県田村市常葉町山根字殿上160
TEL:0247-77-2070 (受付時間  9:00~17:00 年中無休)

※ムシムシランドは、2023年夏にリニューアルオープンを予定しています。開園の日程については、決まり次第こちらのホームページでお知らせ予定。

RECOMMEND

就職した先は移住者歓迎、東北名物「芋煮会」を開催するなど社員を大事にする会社。18時前には帰宅し週末は農業や旅行など家族との時間を楽しむ『淺田和俊さん』

移住と起業を同時に叶えたキッチンカー移住チャレンジ!田村の人のあたたかさをエネルギーに新天地で事業を展開『竹前敬治さん、近藤拓也さん、渡邉輝さん』

やりたいことを追求し続けてたどりついた福島の田舎町。ゼロからクラフトビールを作り上げる醸造士『武石翔平』さん

自分の夢につながる仕事を。都会の看護師から地方の空き家コーディネーターへの転身

「なんとかなる」で乗り切った1か月でのドタバタ移住!東京のIT企業から地方のクラフトビール醸造所への転職『河本凪紗さん』

60代で移住し未経験の林業の世界へ!田村の自然の豊かさを次世代へ受け渡す『佐々木重人さん』

20代で老舗肉屋を継承。市が行う人材育成塾の仲間に支えられ、今では大人気のBBQ事業を立ち上げ発展し続ける『川合達也さん』

多忙な都会生活から地方での子ども中心の生活へ。「リユース」と「産後ケア」でママを応援

鬼面の太鼓奏者が大暴れ!迫力と美しさを備えた伝統太鼓を守る『大越町鬼五郎幡五郎和太鼓保存会』

移住相談窓口 相談事例 中村雅美さん

前へ
次へ