IT業界から転職し、30代で新規就農。「2階建て方式」「年俸制」を取り入れ効率・働きやすさを追求した農業法人 代表取締役 『佐藤正典さん』

佐藤 正典/Uターン農家

船引町

UTURN

福島県田村市出身。大学を卒業後、茨城県にある企業でIT業務に従事。30代でUターン後、平成29年に地域で立ち上げた農業法人「株式会社ほりこしフォーライフ」に代表取締役として就任。農家になるつもりはなかったUターン直後から、「やり方次第で農業は稼げる。夢は無限大の仕事」という想いに変わった経緯や、会社の特徴、将来像などについてもお話を伺いました。

若手農家で作る「アグリクリエイターズたむら」のマルシェで自家製野菜を販売する佐藤さん

「農業では食べていけない」と思っていたUターン当初

田村市の中心市街地から車で約15分ながら、美しい里山の風景を残す船引町の堀越地区。佐藤正典さんが生まれ育ったのはそんな「便利ないなか町」。家は代々続く専業農家だったが、高校、大学とIT系に進み、そのまま茨城県でプログラミングの仕事に就いた。長男だったこともあり、30歳を過ぎたころに故郷へのUターンを決めた。

ただその頃は「農家では食べていけない」と思っていたので、農家になろうとは全く思っていなかった。ただ家業を手伝いつつ、土木や測量など様々な仕事をしているうちに、段々と考えに変化が生じてきた。昔とは環境が変わり、農業も至る所で機械化が進んでいた。基盤整備(小さく不整形な農地を整える事業)も進み、効率的に農作業ができるようになっていた。「農業でもやり方次第では食べていけるかもしれない」佐藤さんはそう思うようになった。

同じころ、先輩が入っていた堀越地区にある農業の生産組合に加入。引き込まれた感じだったが、この生産組合こそが、後に佐藤さんが代表取締役を務める「株式会社 ほりこしフォーライフ」の前身となる団体だ。後々知ったところでは、この生産組合が立ち上がった時点で、いずれ法人化するということは決まっていたそうだ。

地域による地域のための会社が設立し、代表取締役に就任

堀越地区は、リーダーシップを取れる人材が揃い、加えて地域のまとまり、協調性に長けた地域である。今から20年以上も前、地域の人たち自らが、今後生じるであろう問題と対策を話し合っていた。その時用いた図が、ほりこしフォーライフの事務所の壁には今もかけられている。そこには当時、ほとんど誰も想像していなかった高齢化による担い手の減少や耕作放棄地の問題が取り上げられ、基盤整備や農機具共用の必要性、法人の立ち上げによる「地域の土地を地域で管理する」仕組みが書きこまれている。

その対策を1つ1つ現実にしていった堀越地区。佐藤さんが入っていた生産組合もその一環で作られていたため、当然法人化が決まった。「地域の土地を地域で管理するための会社」その立ち上げと経営という責任重大な立場を任されたのが佐藤さんだ。家が専業農家であり若手だったという理由で選ばれた佐藤さんは、「株式会社ほりこしフォーライフ」の代表取締役に就任した。

20年以上前に地域の人たちで作った堀越地区の「未来構想図」

会社は県内初の2階建て方式。働きやすい環境づくりのため、給料は年俸制

株式会社ほりこしフォーライフは、県内でもめずらしい「2階建て方式」を取り入れている。そこには「地域の意思で立ち上がった地域のための会社」であることが関係している。

1階部分となるのは、「一般社団法人ほりこし創生会」。地域からの相談や要望にはここが窓口となり、「うちの畑を活用してほしい」「自分だけじゃちょっと手が回らない土地があるんだけど」そうした声を拾い上げ、どう活用するかを考える。

2階部分はまさに「株式会社ほりこしフォーライフ」が担う。がつがつ仕事をして、営利で会社を大きくしていく。ほりこし創生会とは二人三脚で、創生会が受けた仕事の実働を担うこともあれば、土地活用の相談自体を一緒に考えることもある。「仕事に集中できるから、この2階建て方式はすごくいいですよ」と佐藤さんが話す通り、毎年県内外の団体が視察や勉強に訪れる。

そしてもう1つ、ほりこしフォーライフの特徴であり、佐藤さんがこだわっているのが働き方だ。
「ブラックな会社じゃ誰も来ない」「明るいうちに仕事してほしいよね」という想いがあるので、給料は年俸制。繁忙期の夏は1日9時間労働。春、秋は8時間、そして仕事の少ない冬は7時間労働という変形労働制をとっている。それを年間合計で計算し、12か月で割って給与を支払う。

「あんまりギスギスな働き方はしたくない。農業だからやっぱり天気に左右されるし、田植え、稲刈りの時期は忙しいけど、そんな時でも調整して週休2日は取ってもらうようにしています。それ以外は基本土日休みで、お盆と年末年始はちょっと長めの休み。だからみんなが休みの日に仕事が入ると、自分がやらなきゃいけなくなったりもするんだけど(笑)」

資金、人材etc.etc…悩みは多いが、夢をもてる「農業」という仕事

地域や従業員、会社のあり方について常に想いを巡らせている佐藤さんだが、会社の代表をしている以上悩みは絶えない。

ほりこしフォーライフでは現在約42ヘクタール(東京ドーム約9個分)の田んぼ、畑を管理している。作物の大半はお米だ。ただし、主食米はそのうち10ヘクタール程。残りは家畜用の飼料米を作っている。今の日本では、主食米を作ってもなかなかお金にはならないという現状がある。

『頭が固いのかな?最初はせっかく作るのに「餌(飼料)米かよ…」って思うこともありましたね。でも今はやりよう、考えようだなと思うようになって、せめて主食米は大事に、こだわって作ろうと思うようになりました。今ではその主食米を使って加工品「三五八」(東北地方の伝統的な食品で、塩と米麹と蒸した米を3:5:8の割合で混ぜて作る発酵調味料)を作り販売しています。(https://horikoshi-forlife.stores.jp/)』

他には人材育成も悩みの種。「あと10年は(この会社は)大丈夫だと思っているけど、仕事の流れを把握するには最低3年くらいかかる。そう考えると、今から将来に向けて若い人材を取り込み、育てていく必要がありますよね」地域の土地を任されている会社なだけに、継続性、将来性というところも気を抜けない。

天候にも左右されるし、やっぱり農業は大変な仕事。でもその分、可能性は無限にあると佐藤さんは話す。

「いずれはここで直売所や農家レストラン、体験活動なんかもできるようにしたいと思っています。地域のコミュニティの場になればいいなと。あとビニールハウスでの栽培にも力を入れて、夏冬通して安定した雇用を増やしたいですね。機械化のおかげで農業の効率もどんどん上がっているので、色んなことに挑戦できる環境が整っていると思います」

その話が示すように、ほりこしフォーライフでは設立当時から毎年何かしらの新しい取り組みをするよう心掛けている。例えば加工用のトマト栽培、商品の六次化(三五八)、ネットショップの開始、関東圏のお店との取引開始などだ。

「農業はもちろん大変なことも多いけど、やり方次第では稼げる仕事。何より夢のある仕事。1人でやろうとするのは大変かもしれないけど、付き合いや相談相手が増えて、同じ作物を栽培する仲間に出会って切磋琢磨できるようになると、どんどん楽しくなる。ここは田舎だけど、田村市の街中にも、地方中核都市の郡山市にも行きやすい便利ないなか町。1年を通して過ごしやすい気候でもあるので、きっと住みやすいと思いますよ」

新規就農者や田村市への移住を考える人に、そう語りかける。

「理想の未来」への話し合いを止めないことが、未来を作る

ほりこしフォーライフが今取り組んでいるのが、先に述べた20年以上前に地域で話し合われた「地域の未来構想図」を改訂していくこと。ほりこし創生会や地区の代表者と一緒に、今からさらに10年後、どうしたいかを話し合っている。

「先輩たちがずっとやっていたから、ワークショップを通して将来について話し合うという土壌が地域にできている。こうした話し合いというのは継続することが必要です。地域にある課題にしても定期的に見直して、自分たちの置かれた状況を再確認し、3年後、5年後、10年後に向けて今できることをやる必要があります。

現在、ほりこしフォーライフが手掛ける田畑は堀越地区全体の55%に上る。

「将来的には堀越地区の田畑を全て担っていく気持ちでいます。加えて需要があるなら、近隣の田畑の管理もするかもしれない。将来的には100町歩(約100ヘクタール)くらいになるんじゃないかな?やっぱり自分の地域だけがよくてもダメなんですよね。みんなで協力して、地域を守っていく必要があると思います」

それまでの優しい口調とは異なり、最後は覚悟をもった表情で、力強く締めくくった。